日記・コラム・つぶやき

2009年6月21日 (日)

フィリッピンの竹

Simg_0579_5 フィリッピンでの庶民の生活と密接なかかわりを持つ竹。

日本の竹文化には素晴らしいものがあるが、人々の暮らしと竹製品の関わりがこれほど心和ませるところも珍しいのではないでしょうか。

全世界の竹林面積の80%がアジア地域に集中していると言うことなんだそうです。

竹はアジア地域に共通する資源であり,素材であり,道具であって,その特徴的な文化とくらしのスタイルの要因のひとつに他ならないんだねえ。

Simg_0351_2近年はアジア各地域でも,経済や社会生活のグローバル化の急激な進展とともに、各地域の民族や文化によって永い間、培われ使用され続けてきた各地域固有の竹製品が急速に失われつつあるそうですよ。

まあここフィリッピンの地方においてはしばらくは生活と切り離せないもののように思われます

 

Simg_0357竹は資源循環に優れ廃棄しても環境負荷の少ない素材として,特に竹の自生しない欧米を中心に注目されはじめているってことだそうです

ティファニーグッチなどのブランドメーカーが竹製のバッグをコレクションとして発表した事例も報告されておるな。

Simg_0363国内においても、高級なフロアー材家具としても再認識されています。

またぞろ、乱伐にならなければ良いですが、ちょっとブームが起こると火が付いたようにやりますからねえ。

喜多俊之やコシノジュンコなど国際的に活躍するデザイナーが竹編組製品のインテリア照明や、その他のファッションアイテムなども発表していると報じています。

Simg_0365_3そんな有名なデザイナーに匹敵する「名もない島の芸術家」ここフィリッピンの島々にはわんさかいるんですがねえ。

しかしアジアのアイデンティティーとしての文化的付加価 値を見出そうとする展開が始まっていることは喜ばしいことです。

竹製品は、アジアの各地域の独特で多様な造形性をその技法とともに伝承している民族や、文化に固有のデザインや感性の一つとして再認識されつつあるということなんでしょう。

いずれにしても、いつまでも自然との関わりを大切に暮ら して生きたいものです。

 

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2009年2月 9日 (月)

こんにゃく

千年以上も前から、我々日本人はこんにゃくを好んで食べています。
この伝統食品はおでん、すき焼き、煮物など季節をとわずヘルシーな日常の食材として用いられています。

041特別に大好きといった人は少ないかも知れないけど嫌いな人もごくわずかだと思います。冬のこの時期、ぐつぐつ煮込んだ「おでんのこんにゃく」はとてもうまいな。

このこんにゃく粉の輸入量が、昨年4月から12月までに前年の輸入量をおおきく上回り3倍ちかくの260トンを超えたんだそうです。

それで日本政府は、「輸入量が国の定める基準を超えた」ことから別セーフガード緊急輸入制限措置なるものを発動しました。農産物では初めての セーフガード発動だということです

040これは輸入関税を1キロあたり2800円から、約1000円も引き上げることになるんだそうです。

いっきに輸入量の増えたおもな原因は「ミャンマー」からの輸入量が目立って多くなったのが主原因だということのようです。

後発開発途上国(LDC)であるミャンマーからは以前は品質が悪いということもあって 輸入する業者もなかったんだそうです。ところが。

037品質の良いものを作れば日本が買ってくれるというのでミャンマーのお百姓さんは一生懸命に品質向上に取り組んだということなんだそうですが、この措置で日本向けこんにゃくの輸出が落ち込むと気の毒な気がしますねえ。

えっ、じゃあ国内産はどうなんかという声も聞こえてきますが国内産は品質が各段によくてね、お刺身で戴いても結構なお味でして、高値がついていますから輸入ものとは比較にならない値段で取引されています。

ちなみに日本向けこんにゃく粉の輸出量の多い国の2番目は中国なんだそうだけれども。
国の民主化を求め、今も「非暴力民主化運動」を掲げ戦い続けている「アウンサン・スゥチー」さんの国に、おもいいれるのはこの爺さんだけではないでしょう。

043_3発展途上国の国民に経済力がついてきて、教育面が向上してくるとともに民主化が醸成されてきます。

発展途上国にとっても、世界の仲間たちにとっても、とてもいいことなんだけどねえ・・・。

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2008年9月14日 (日)

限界集落と棚田

現在日本には人口に占める高齢者の割合が半数を超える集落が7800あまりあるんだそうですDsc05031_2 

私が暮らす鳥取の山間にもそのような集落が存在します。

中には80%以上が高齢者といった集落もあります。実に寂しい限りですねえ。

息子たちは都会に出てしまって、年老いたお爺ちゃんとお婆ちゃんだけが残っていて、村の共同作業などもできず、地域社会の維持が困難な状態にある集落を限界集落というんだそうです。

しかしまだ住み馴れた山里を捨ててしまうことができず、年老いた人々が自然とともに一生懸命に命をつないでいるのです。意味はよくわかるが、よくもまあ「限界集落」とは言ってくれますなあ。

高度経済成長時代に多くの若者が、日の丸の旗を掲げた就職列車にのって都会へ出てゆき、今の日本の基を築いてきました。
若者に夢を託し、山深い故郷の田や畑を維持し山を護ってきた人たちが今、高齢に達してなお山間地で暮らしているのです。

市町村合併で山の中の集落でも地区名は「○○市△町」、郵便物はもとよりちょっとした使い物までやってくれた「郵便さん」は今じゃ民間会社、少子化で学校は統廃合して数十キロ離れてしまった。不便でさびしくて厳しい現実に直面しながら生活しています。せめて呼び方くらいは気使ってあげてはどうかと思うのですがねえ。Dsc05015_2

都会のほうでは、やれ交差点が不便だといっては何億円もかけて改良します。人口の少ない中山間で暮らす人々も国民の一人なのです。山郷で暮らすお年寄りたちにも政治の手厚い援助をお願いしたいですな。

またぞろ中央では総理大臣候補がたくさん良いことを掲げていらっしゃいますから期待しましょう。集落も「限界」じゃなくて希望を持って生きられるように「希望集落」なんていうのはどうかなあ。 Dsc05019_2

今日は県境に程近い集落の営む農地、棚田の存続を応援する「棚田オーナー」さんたちを交えて稲刈りだったそうです。
稲刈りがすんで昼食会のところに出くわした。遠いところでは千葉県からいらっしゃった方がいた。


Dsc05021_2 やはりここでも俄か仲間入りを勧められていつもの「いやいや、どうもどうも」で仲間入り(爆)。
いい日和で和やかで、とても癒された一日でしたな。

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2008年9月10日 (水)

二百十日と下水道の日

中学生だったころ、農家だった実家はまだ汲み取り式のトイレだった。
私は、母の手伝いでよく便所の汲み取りを手伝っていたが正直、とても辛い仕事でしたナ。
ある日の日曜日、汲み取り仕事の手伝いの真っ最中に駅前で食堂を営む家の女の子達数人が突然、家に遊びにやってきた。

バツが悪くて穴でもあったら入りたかった(笑)。「田舎の香水よ。気にすることないじゃん!」と慰めてくれた優しい娘がいたな。

有機農業は素晴らしいなんて言って理念には共感するのでしょうが、現実には非常に大変なことであります。

今年度版の環境白書で、江戸の都市はし尿や生ごみといった有機物が農村で肥料として土に返り、都市に残留することなく循環型社会が形成されていたと強調しています。

中世ヨーロッパのコレラやペストなどのように、伝染病なども少なく衛生的な社会生活をしていたと書いています。し尿を利用した肥料は、最も豊かで有効な方法であり、東洋の循環を礼讃されてよいものだね。

現在ではこうした循環は下水道が担うようになっています。下水道法の整備がなされ、高度経済成長期からは本格的に下水道整備が日本全国で行われました。

農村でも下水道整備が進み、多くは水洗トイレを使用して住環境もずいぶん改善されています。下水処理した汚泥から肥料も作られています。
いま、さまざまな分野で新たな循環型社会が飛躍的に発展しているようです。

今日は台風が最も多いとされる「二百十日」、雨水の浸水対策の役割を担う「下水道の日」でもあります。

ゲリラ豪雨なる新語もできた水害の発生も頻繁になっていますが「豊かな実りの秋」であってほしいものです。

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2008年8月24日 (日)

フィリッピンの子育て

Dsc01100フィリッピンの街を歩いていて横町をのぞくと、表現は悪いがまさにうじゃうじゃと表現するほどのたくさんの子供達が遊んでいる。団塊の世代に生まれた私たちの日本の戦後間もなくの昭和20年代の頃を彷彿とさせ限りなく郷愁を感じます。

フィリッピン人の子供好きには驚嘆に値します。子供の洗礼式や入学式などだったりすると、会社の事情などおかまいなしに休む。それを責めたりなどしたら逆に人格を疑われ退職も辞さないのだから恐れ入ります。

Dsc01099そんな事だから子供のすることは、ほとんど何でも許される。公共の場で走り回ったり大声を出しても「子供だから」と理解してやらなければいけないのだ。まさにベビーギャングの集団なのだが、それを見ている親が厳しく叱るなんて言うのは見かけたことがない。いったいこの国の躾教育はどうなっているんだろう、と何度首をかしげたことだろう。

Dsc01737しかしながら、この子供時代が優しさと奔放な甘えに満ち、ホスピタルティー豊かなフィリピーノを育てるコツなのかもしれないナ。どんなに頭に来てもけっして怒鳴ったりせず、じっと笑顔で接しながら子育てをしている。

大勢の子どもたちがいたづらをしているからといって、叱ったりすると子供たちの親から恨みをかい近所付き合いまで台無しにしてしまいます。なにしろフィリッピン人は「スーパー子煩悩」人種なのである。

30年近くフィリピンに往来していても、この子育ての原理なるものは理解できていません。しかし時々日本のご家庭の様子などに接するときに感じることは、こういうのも間違ってはいないのかも知れないなと感じるときがあります。

Dsc02260 フィリッピンでは貧しくて学校に通うことができない子はあっても登校拒否する子供などはまずありません。学校へ行って勉強がしたくてたまらないのです。だから校内暴力なんてこともないんだな。日本で時折、ニュースで伝えられる親殺し、子殺し、児童虐待などといったことは聞いたことがない。

ファミリーはみんな幸せなのです。ファミリーのためには自分を犠牲にして尽くそうとします。フィリピンの子供たちは貧しくとも底ぬけに明るくたくましく育ってゆきます。
この国では、富や利便さが子供を育てるのではなく、愛が子供を育てているのだと言うことを実感します

【今日のタガログ】
         日 本 語: どこへ行くの?
         タガログ発音: サアン  カ ププンタ      
         タガログ語 : Saan  ka  pupunta.?            

爺さんブログ今回もお読み頂きありがとうございます。また次回ご愛読いただきますようお待ち致しております。
気力体力の衰えをつとに感じておりますが頑張ってやっております。右サイドバーに設けた、ブログ村サプリのボタンちょっと
押して頂くと元気が出てまいります(笑)⇒

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2008年8月16日 (土)

盂蘭盆会

日本全国、どこもお盆の行事で、忙しくもありまた楽しくもあり、皆さんたいへんな様子です。

Dsc04930毎年お墓掃除から始まって、地域のお盆の行事、都会からの帰省客の往来、高校野球の応援、今年はお盆のさ中にスポーツの祭典オリンピック北京で行われています。 日本選手も連日熱い戦いを繰り広げていますから、日夜テレビ観戦します。

休暇を利用して国内旅行、外国旅行組も多いDsc04932ですな。皆それぞれの夏をすごします「暑いね、この暑さにはウンザリ!」と言いながらも若者たちが解放的な気分になるのもなるのもお盆の時期の夏だね.

私は今年のお盆は特別な思いで過ごしました。去年の夏、最愛の母を亡くして「初盆」でありましたから・・・。お供Dsc04938に母の好きだった鳥取の二十世紀梨を求めて、いつも行く峠の麓にある梨の直売所に立ち寄った。

二十世紀梨は盆明けからの収穫ですから、今の時期に美味しい「幸水」で我慢してもらうことにした。直売している北尾のおっちゃんが一つ味見に剥いてくれた、もうひと組のお客と分けていただいた。甘さもDsc04950_2瑞々しさも十分でとても美味しい。

「ありがとう!ブログに載せるから写真撮って行くよ。」と表に出たら「途中で食ってくれろ!まだちょっと皮が固いが二十世紀だからナ!」。

Dsc04980早速、峠の頂上の茶屋の一角から湧き出る「黒尾峠の名水」で冷やして食べた、正しくブランド「鳥取の二十世紀」は美味かった。脇にある堀で、気配を察した大きな鯉がバシャ!、口を水面にむけて催促のようすに、かじって少しおすそ分けだ。鯉も梨は好きなようで すな(笑)。

Dsc04983

車で2時間足らず走って、すっかりお盆の用意のすんだ実家に帰ると、父が自慢の手造りの庭に水やりをしておりました。「アレ(母のこと)が好きだったサルスベリの花が、今年はよう咲いとる。」とポツリ。

夕方、縁側の踏み石の前で、盂蘭盆会の初日の「迎え火をして祖先の精霊を お迎えしました。

お盆のこの日、今に生きる我々は「祖先に感謝し、故人の冥福を祈る心を忘れてはいけない。」との思いを新たに致しましたな。

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2008年8月10日 (日)

しゃんしゃん祭り

鳥取駅前に置かれたしゃんしゃん祭りのシンボル「雄傘」と「雌傘」の山車。Dsc04806_10 

                今ではすっかり市民の祭りとして定着した「鳥取しゃんしゃん祭り」は鳥取の夏の風物詩として全国的にも広く知られる祭りとなっている。8月9日(土)10日の二日間にわたり、全国からの観光客も迎えて44回目となる今年もたいへんな盛り上がりを見せた。

Dsc04745 この祭りは昭和36年ごろから行われている市内の聖神社(ひじりじんじゃ)と大森神社の例祭が起源です。当初は市中パレードのようなもので盛り上がりに欠き、市民参加の機会のないものだったが昭和40年の祭りからは一変し今の市民参加型のとても賑やかな祭りになりました。

大きな花傘を回して踊る傘踊りは、鳥取県東部地方に古くから伝わる「雨乞いの奉納祭事」だったものを誰でも簡単に踊れるようにアレンジし大衆化したものなのです。

Dsc04711 カラフルな花笠をたくさん付けて、くるくる回しながら鈴の音が「しゃん!しゃん!」と鳴る様と、全国でも例をみない県庁所在地に温泉が「シャン!、シャン!」と湧き出でることからこの名の由来になりました。今では商工会に名を連ねる企業、官公庁、全国からの一般参加グループまで踊り子約4千数百人が揃いの浴衣姿で、夏の夜の目抜き通りを鈴の音をリズミカルに響かせながら舞い踊ります。

Dsc04725 近年、以前は盆のさ中に行われていた「花火大会」もお盆真近の土曜日、日曜日に「しゃんしゃん祭り」と連日で行うようになりました。しばらくぶりの祭り見学だったが、大勢のそぞろ歩きの家族連れに混じり、外人観光客の姿もたくさん見かけるほどの大祭りになっています。この日沿道に詰めかけた観客約13万9000人(主催者発表)が、暑さも忘れるほどの華やかな傘の舞に魅了された。

神社の祭りはもともと農耕民族が神に収穫の御礼や、また供物を捧げて五穀豊穣を願うのが起源だといいます。祭りを見ての帰り道、ふと考えさせられた。水田農業を柱とした日本の農業を復興させ、すぐれた日本の食文化をまもっていく強い意識が「食糧自給率回復」の決め手になるのではないだろうかと。

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2008年8月 7日 (木)

Dsc04670 山陰地方も、真夏の暑い日が続きます。街を歩くサラリーマンもネクタイをしていないクールビズスタイルが多いな。用事で立ち寄った県庁舎ビルも、地球温暖化の対策に少しでも貢献しようと温度設定も高めにしている。一般家庭ではよしずをかけて、直射日光をさえぎる工夫をしているものも見かける。

Dsc04676昔は「打ち水」をしたり「行水」などをして涼をとったものだがこう暑くては打ち水程度では焼け石に水だねえ。 こう言う時には昼寝に限る。かつての農村の生活リズムは朝は早く起きて涼しいうちに朝飯前のひと仕事。昼飯のあとは少しばかり昼寝する、夕方涼しくなってからまた野良仕事というフレックスタイムだったな。

Dsc04697だから昼寝時分に農家を訪問するのは嫌われた。暑い夏でも障子(しょうじ)を開けておけば家の中は心地よい風がわたるんだ。 だいたいに造りが風の通りを良くするように考えられていたのではないだろうか今ではエアコンを入れ気密性の高い家を競って建てているように思えます。

徒然草』にある記述。「家のつくりやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなるところにも住まる。暑き頃わろき住居は、耐へがたき事なりとあるがそのとおりだね。

Dsc04701 今日の山陰地方、暑さ耐えがたきものであったが先刻、1時間余り夕立ちがあった。
巨大なバケツで打ち水したかの如く、一時、涼しくなって生き戻ったような気分になり、夕方の散歩を愉しんだ。    雨上がりの夕焼けが、暮れなずむ空を茜色に染めていた。

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2008年6月28日 (土)

放棄農地のヤギ

和     名    ヤギ (山羊)
英    名
    : ゴート(Goat)
タガログ語名 カンビーン(Kambing)

Dsc04332_2 耕作放棄農地の解消に向けて鳥取県農林局が今年から事業化した「ヤギのレンタルバンク制度」が始まりました。制度がスタートして「農地を荒廃から守りたい」と多くの人たちから問い合わせがあるそうです。一度放棄された農地を元の耕作地に戻すには大変な時間と労力が費やされます。そこで草食動物で硬い草でも根こそぎ食べてしまうヤギさんの出番となった次第なのです。食糧自給率向上が叫ばれている昨今、農業再生に一役買うグッドアイデアだと思いますな。

Dsc04330_2ヤギの家畜化は、西アジアの山岳地帯にいた野ヤギを、家畜として飼いならしたものが最初で、ヨーロッパ、中国、東南アジアと様々な地域に広がっていったとされています。家畜としてのヤギは食肉用や搾乳用にに飼育されています。牧畜を行う地域では、ヤギの肉はよく食べられているようで、煮込みやロースト等が一般的な調理の方法です。その他加工した肉や乳製品を使ったレシピもたくさんありますね。沖縄では今でも一般によく食べられているそうですね。

Dsc01104_2 私は思うんですけれども、今の日本の放棄農地の対策としてね、農林省に取り組んでみたらと提案したいな。近年ヤギの増殖で生態系が崩れ、野性化したヤギに手を焼いている南西諸島伊豆諸島などからから連れてきて荒廃農地を無くしたらどうかと・・。

それでもって増えたヤギはヤギ乳と肉になり、食糧不足も補えて一石二鳥となりますな。危ない輸入牛肉ばかりに頼らなくたってさ。そうなれば吉野家が安くておいしい「ヤギ丼」はじめました、なんていうのが近い将来、あるかもしれないな?。

上の写真(2枚):鳥取市河原町(2008年6月撮影)
下の写真:比国ミンドロ島 (2008年1月撮影)

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2008年6月21日 (土)

南国のスープ

カミヤスとシニガンスープ(Sinigang sa kamias)

カミヤスの実は、木に寄生しているかのように、幹にたくさんの実がつきます。
和   名:長葉の五斂子
英 語 名:ビリンビ(Bilimbi)
タガログ語名:カミヤス(Kamias)

Dsc02490_2 インドネシア原産で熱帯各地に分布する。フィリッピンの田舎には庭の木として一般的によく植えられている。
実は鮮やかな緑色で熟すと黄褐色に変色するが食材としては緑色の瑞々しいものを用いる。
実の中は白くスポンジ状になっていて、とても酸っぱい。果実として食べるにはとても美味しいものとは言えませんね。

Dsc01615フィリッピンを代表するスープ料理で、一般家庭でもよく作られるものにシニガンスープと言うのがあります。サッパリとして爽やかに酸味が効いて、食欲をそそるスープなのです。この酸味の味つけにカミヤスは欠かせない食材です。
このほかにも、タマリンド(Tamarind)やバヤバス(Bayabas)などあって地方により入手が容易なものを利用しています。

Dsc01781シニガンスープと一口に言ってもバラエティーは非常に豊富にあります。メインとなる具は豚肉、、鶏肉、魚介類などと野菜をいれて各家庭で多種多様なものを入れてつくっています。

フィリッピンではちょっとした町にはパレンケと言われる市場がある、新鮮で安い食材をたくさん売っています。パレンケで買い込んできた食材で、おいしいスープを作るポイント。メインとなる具を時間をかけてじっくりと煮込んで、ダシが出たら塩を加えて煮るだけでよろしいな。カミヤスの酸味と食材の旨味が相まってとても美味しいシニガンスープとなるんですよ。

いずれのメインの具にても、トマトの薄皮をとったもの小さく切って入れておくと、スープがはんなりといい味と色になります。この写真のものもたぬち庵爺さんの謹製の一品です。(ちとカミヤスを入れ過ぎたが。)いいお味でしたよ。

Dsc01000 フィリピンの人たちもエビはやはりご馳走だといいますね。日本は世界第一位のエビ消費国だそうです。
ベトナム、タイ、中国、フィリッピンなどから年間約25万トンを輸入しているそうだが、その輸入量は経済の動向とリンクしているそうで、景気が良くなるとグンと増えるのだそうですよ。
エビもやはり末端の生産者は零細な規模が大半で、マングローブ林伐採して養殖池にしています。写真はフィリッピン・ミンドロ島のエビの養殖池、2007年8月撮影のものです。

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2008年6月16日 (月)

鮎釣り

夏の風物詩、アユ漁が解禁になりましたDsc04361

鳥取市河原町にある霊石山のふもと千代川の河原には、今日も大勢の太公望が釣果を競っている。あゆの字を変換すると「」「香魚」「年魚」がでてくる。このほかにもアユの字はいろいろあるようです。古くは古事記や日本書記の中にも記述があり、「万葉集」の歌にも詠まれています。大昔から人々に親しまれ人気のある川魚であったようだね。霊石山のふもとの村に釣り好きの友人がいる。この方自他ともに認める「アユ釣りの名人」でこの時期になると日がな一日、川で釣りをして過ごす釣り天狗だ。この付近の村にはこのようなご仁が大勢いらっしゃる。皆自称アユ釣りの名人ばかりです、釣る人、観る人、早朝から河原は釣り師の社交場のようです。

Dsc04380 さてその釣りの仕掛けをざっと紹介しよう。この名人たちは「とも釣り」という方法でやっています。これは鮎の習性を熟知した非常に高度な釣りの方法でありますな。この漁法(とも釣り)の起源となる記述が「本朝食環図鑑」にあらわされている。「洛(京)の八瀬の人が長い馬尾におとりの鮎を結んで川になげいれて近寄りし鮎をひっかけて釣り、上手なりしものは日に5,60尾も獲る」という記述がでてくる。

Dsc04367 とも釣り まずはじめに元気のいいおとり鮎(釣り人たちは親アユと言っている)の顎と背びれのあたりの硬くてしっかりしたところを釣り針で繋いで川へ放つ。釣り糸で繋がれているが自由に泳げるアユは、エサとなる苔のよく付いている岩場を見つけて縄張りにしようとします。

Dsc04368そんないい場所には必ず先客があって餌場を守っている。そこで互 いに尾びれを叩きつけて、縄張り争いの熾烈な戦いがはじまります。組んず解れつしているうちに、おとりアユの少し下のあたりに巧みに仕掛けられた釣り針に引っ掛かり、釣り竿の微妙な引きに反応した名人がタイミングよく釣り上げます。アユが好みそうなポイントにおとり鮎を誘導していく釣り師たちの巧みな技は見ていてとても楽しいね。

ゾロまたはコロガシと言われる釣りの方法。最初のおとり鮎を釣るときによくやる方法です。釣り針を(いかり)に束ね何段にも連続して仕掛けたもので、これを鮎のいそうなところへ投げいれ、河底付近に針たばを這わせ上流側へ向け、しゃくりながら進めてゆきアユを引っ掛けて釣る。単純そうだがこれもやってみると結構難しいですな。初心者にはよく、これを薦めてくれますが、中には川藻のかたまりとか長靴の片っぽとか、川底の清掃作業をしているとしかみえないようなビギナーの釣り人も時々見かけます。しかし楽しそうに釣っている人たちの日焼けした笑顔は、眩しいほど晴れやかに見えますねえ。

鳥取市河原町に、有名な鮎料理の老舗 「菊乃家」 という料理屋さんがある。この店の自慢「鮎のフルコース」は 塩焼きに始まり、煮付け味噌煮から揚げ鮎寿司、など盛りだくさんで 珍味「鮎のうるか」などは酒好きの方には極上の一品です。まず一度食すと忘れられないほどの美味しさです。

菊乃家 (要予約) 鳥取市河原町河原24 電話〇八五八(八五)〇三五六

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2008年6月12日 (木)

コーヒータイム

毎朝の散歩コースで、いつものコーヒータイムです。Dsc04236_3

   毎朝駅の近くの小さな雑居ビルにある事務所に出社して、新聞の大見出しと興味のあるところを斜め読み。そのあとは日課の散歩と駅ウォッチングです。駅の構内に美味しいコーヒーを入れる田舎風の喫茶店があるんです。いつもの注文、カップに生クリームが入っていて、熱い2杯分のブレンドコーヒーの入った小さな銀のポットが出てきます。時々ウェートレスのお姉さんが変わるのでそのつど「生クリームの入ったヤツ」と言って注文する。

179 よほどの悪天候でないかぎり外のテーブルで古びたアンチィーク風の椅子に腰かけてゆっくりと朝のコーヒーをいただく。食事を欠かすことはあってもコーヒーを欠かすことはありませんな。農家風のあら壁に障子、黒光りする板のフロアーはとてもいい癒しの空間だね。コーヒーもとても美味しい店だよ。

もちろん、旅先の南の島でも毎朝のコーヒーは欠かしません。フィリッピンのコーヒ-は少し苦みがきついがコクがあって、コーヒ-好きには喜ばれるな。不味いと言う人も多いが味になれるとやみつきになるんですな。なかでもバタンガス・コーヒーというのがとても美味いな。よく流通しているバラコの挽き売りのコーヒーは500グラム90ペソ(約200円)だがバタンガスコーヒーは倍の値段はしますね。

フィリッピンはかつて世界でも有数のコーヒー生産国で、世界第4位コーヒー輸出国でもあったんです。かなりなコーヒー通の方でも信用なさらないことが多いが、これは事実です。1970年代の中頃、インドネシアから広がったコーヒーの伝染病でフィリッピンのコーヒー栽培は壊滅状態に陥ったのでした。

近年は外国大手資本が入り契約栽培などで回復基調になっています。フィリッピン農業省発表の資料はばらつきが多くわかりにくいので、JATRO(日本貿易振興機構)の資料で調べてみました。それによると、2002年のコーヒー生産量はロブスタ種・アラビカ種を主に13万2千トンを生産しているそうです。日本向けには毎年約600トンのコーヒーが輸出されているんだそうだ。

 3、4年前だったか、ルソン島南部コーヒ-の産地としても有名なバタンガス州インダンと言うところにある農家を訪ねたことがある。そこで農薬まみれになって働くコーヒー農園の人たちに出会った。一日の労働賃金は私たち日本人の一回分のランチの代金ほどで、熱帯の太陽に下で働いている。ここにもやはり巨大多国籍企業に支配され、搾取される発展途上国の人々の姿がありましたね。

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2008年6月 9日 (月)

紫陽花(アジサイ)

毎朝の散歩コースにあじさいの花が咲き始めたよ

Photo 鳥取駅の南側周辺を流れる山白川の両岸はケヤキなどの植樹がしてあって、左岸側の遊歩道には花壇が設けられている。ちょっと一休みできる東屋には洒落たベンチがおいてある。駅よりの一角にあじさいをたくさん植えていて、先週あたりからつぼみがでて白い花が咲き始め、あたりがずいぶん華やいできた。まだつぼみや開花したばかりの白い花が多いなかに一足早く、きれいな花を咲かせているグループがあった。しばし足をとどめて見入った。紅紫、青紫、淡い薄みどりのつぼみなど七変化の色合いが季節の移ろいを感じさせてくれますね。梅雨入りも近いのだろうか今日も朝から鈍よりとした空模様です。雨になれば蝸牛(かたつむり)が顔を出して、季節感のある風情を愉しむことができるかな。 

Photo_2あじさいの花は「万葉集」にも詠われ、古くから日本人に親しまれ愛されてきた花ですね。岡山県の北部にある津山市、JR津山駅から南へ約6km国道53号線沿い、神南備山(かんなびさん)の麓に「長法寺」と云う天台宗のお寺がある。このお寺は別名「あじさい寺」と呼ばれています。吉川英治の小説「宮本武蔵」にでてくる「遠く、大聖寺の鐘が鳴る・・・」のくだり、この寺は今の長法寺(あじさい寺)のことなのです。小高い寺域に約3千株、1万数千本の紫陽花(あじさい)が山寺の境内を埋め尽くし、梅雨時にいっせいに開花します。梅雨時のうっとおしい季節、この七色の変化を見せる「あじさいの花」は自然の粋な立役者のように感じますねえ・・。

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2008年4月19日 (土)

みてある記 / 茅葺屋根

Dsc03369

 茅葺の屋根

日常の生活ではめったにお目にかかりませんね。 自然に溶け込んで、山里の風景を昭和のはじめの郷愁に満ちたなつかしい世界に引き込んでいきます。

カヤは秋の野山で刈り取って、何年にもわたりストックしておいて7年~8年に一度は葺き変えの作業をする。途中傷んだ部分の修復もする。

一昔前、茅葺作業は村の衆が総出でする、とても賑やかでね、重要な村の行事でもあったな。それは単に住居をまもると言うだけのものではなくて、地域の村人たちの絆を強め共に暮らしていく生活の知恵でもあったんだね。

今では、茅葺職人さんも非常に少なくなっていて、個人的に茅葺の家を維持していくのは難しくなっています。

Dsc03449 まず屋根を長持ちさせて維持するにはね、囲炉裏(いろり)を使わなければいけません。

囲炉裏の出す「けむり」と「すす」はカヤの屋根の内部を燻蒸して強度を高め、巣くう虫やネズミなどの害から守ってくれます。真黒に「すす」で光った、屋根裏の梁や竹組はとても風情があって、力強さと安堵感をあたえますな。

日本人の原風景が残っている鳥取県八頭郡智頭町芦津の里。香しい空気と清流のせせらぎ。ゆったりと、ゆったりとした時が流れる。

ひょとしたら、ここは現代に残された、小さな仙境なのかも知れないな。

  

 一句  「茅葺の屋根から煙る温もりや今も昔も変わらぬ世間」  -たぬち庵-

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2008年4月16日 (水)

 みてある記/芦津渓谷

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山里の春の使者、蕗の薹

中国山地のふもとの村、智頭町芦津村の林道わきで見つけたよ。

山里に春を告げる「フキノトウ」。 寒さに耐える「ほう」が開いて小さなつぼみが「ひょっこり」と顔をのぞかせている。

フキノトウ(蕗の薹)は キク科・フキ属・多年草で 平地では2月~3月、山地では3月~4月頃に日影気味で湿気の多いところを好んで生えてきますね。

日本原産の山菜・野菜だから、昔から季節になると好みの料理で、多くの人々の春を感じ取るための行事のように、その味覚を愉しんできたんだろうね。

天ぷらは、やや低めの温度で揚げるのがコツだよ。ジュッと油の中に沈んでから、ツボミがフッとひらく具合が苦味がとれて、コクがでるんであるな。 また千切りにして炒め物にしてもいいし、熱い味噌汁の薬味にもしてもとても美味いねえ。

しかし、まあなんといっても一番の定番といったら「フキノトウ味噌」ではないでしょうかね。これはみな、それぞれの家庭でさまざまに、「一家言」あるようですな。味噌の種類、みりん、酒、砂糖など、それぞれ様々、「我が家のおふくろの味」でたのしんでいます。

自然の恵み、山の幸、大切にしたいものです。自然のものには、素朴な味と安らぎがありますな。

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