二百十日と下水道の日
中学生だったころ、農家だった実家はまだ汲み取り式のトイレだった。
私は、母の手伝いでよく便所の汲み取りを手伝っていたが正直、とても辛い仕事でしたナ。
ある日の日曜日、汲み取り仕事の手伝いの真っ最中に駅前で食堂を営む家の女の子達数人が突然、家に遊びにやってきた。
バツが悪くて穴でもあったら入りたかった(笑)。「田舎の香水よ。気にすることないじゃん!」と慰めてくれた優しい娘がいたな。
有機農業は素晴らしいなんて言って理念には共感するのでしょうが、現実には非常に大変なことであります。
今年度版の環境白書で、江戸の都市はし尿や生ごみといった有機物が農村で肥料として土に返り、都市に残留することなく循環型社会が形成されていたと強調しています。
中世ヨーロッパのコレラやペストなどのように、伝染病なども少なく衛生的な社会生活をしていたと書いています。し尿を利用した肥料は、最も豊かで有効な方法であり、東洋の循環を礼讃されてよいものだね。
現在ではこうした循環は下水道が担うようになっています。下水道法の整備がなされ、高度経済成長期からは本格的に下水道整備が日本全国で行われました。
農村でも下水道整備が進み、多くは水洗トイレを使用して住環境もずいぶん改善されています。下水処理した汚泥から肥料も作られています。
いま、さまざまな分野で新たな循環型社会が飛躍的に発展しているようです。
今日は台風が最も多いとされる「二百十日」、雨水の浸水対策の役割を担う「下水道の日」でもあります。
ゲリラ豪雨なる新語もできた水害の発生も頻繁になっていますが「豊かな実りの秋」であってほしいものです。
| 固定リンク


コメント
こんばんは
最近の集中豪雨は本当に異常ですね。
たぬち庵さん、女の子が突然訪ねてくるなんてモテモテだったのでは? 「田舎の香水」と言った女の子、とてもすてきです。
今はトイレ使用後の消臭剤まで出ていますが、昔は下に溜まっていて当たり前でしたよね。
偶然にも今朝見た夢は、どこかのトイレに入ろうと思ったら汲み取り式という内容。トイレを探すも、変なトイレや汚いトイレしかない、という、トイレに行きたいときよく見る夢です。
投稿: ようこ | 2008年9月10日 (水) 23時00分
お久しぶりですね。またどこかへ?
実家はまだ、外便所健在です。野良仕事の途中は、家にあがるより便利なので。
農機具小屋と兼用で、昔はそこの穴から下肥を汲んでました。
今は本下水で流して衛生的になりましたよね。
いたいけない乙女の頃!?風呂の水を井戸から運ぶ役目でして。
義姉が自宅出産した時は、フル稼働で水汲み。大人に誉められた記憶があります。
たぬち庵さんは津山なのですね。
清張さん、横溝さんの本を読み、映画「丑三つの村」をレンタルで見ました。
いつか、伯備線からの支線を廻りたいと思ってます。
そうそう、古見屋の田舎羊羹!
偶然お土産に貰ってから、ダンボールで二回も注文するほど、大ヒットしたんですよ。
投稿: だんだん | 2008年9月11日 (木) 19時25分
ようこさん、こんばんは。
何やら夏場の疲れが一時に出ましてね。体調を崩してしまって仕事もブログもしばらく休んでおりました。
写真抜きの面白みのない語りで更新してみましたが、写真でごまかさないと上手く書けませんな(笑)。
「田舎の香水」その時初めて耳にした表現でしたのでいまもよく覚えています。お下げ髪がよく似合う娘でしたな。
そういえば学校のトイレもまだ汲み取り式でしたな。トイレに隠れて煙草も吸ったりしたな(爆笑)。
私たちの住む山の麓の村には「町の子」達は当時、遊びに来ることはあまりありませんでしたが、なぜか私んとこは町の男の子や女の子がよくきました。
今回母の一周忌の法要にきていただいた、駅の近くにあるお寺さんの副住職はその一人でした。広い床の間でレスリング遊びをして唐紙を破ったことなど昔話に花が咲き、とてもいい母の一周忌の法要をしていただきました。いい供養ができてよい思い出になりました。
トイレと言えばまたフィリッピンのトイレ事情も非常に興味深いものがあります。笑えない笑い話などもあって話せばとても長くなりそうなのでまた今度ゆっくりお話いたしましょう(笑)。
それじゃまた、いつもコメントありがとうございます。たぬち庵
投稿: たぬち庵 | 2008年9月11日 (木) 19時28分
だんだんさん、こんばんは。
ハハハッ、そんないい休みではなかったんですよ。夏バテですっかり体調を崩してしまいましてね、参りましたよ今回は。
下肥の汲み取り作業、今となってはほほえましく想いだされます。だんだんさんも井戸から水汲みおやりになりましたか、おかっぱ頭の少女の姿が目に浮かび胸キュンの思いがいたしますな。
こうしたことはなぜかブログを書くようになってから、次から次へ忘れていた記憶がよみがえってるのが不思議に思えてなりません。こうして文にして残り、自分史が出来上がっていくようにも思います。いい文化に出会えてうれしいかぎりです。
「津山事件」津山の町から鳥取方面へ10数キロ離れた郡部の加茂町というところで昭和13年に起きた事件で、ある青年が村人のほとんどを惨殺するという犯罪史上もっとも凄惨な事件でした。のちに「八つ墓村」「丑三つ村」のモデルになり有名になりましたね。「やつはかむらの、たたりじゃあ~」「ひえ~」などと日本中は震えあがっていました(笑)。
今は、山間に加茂川が流れ、のどかな田舎の風景がたのしめます。ここの吊るし柿も非常に美味しいです。津山から因美線に乗り換え確か5つ目くらいの駅だと記憶しています。静かなたたずまいでいいとろです。高校生自分によく行きました。
津山の蔵屋の「いちま」も美味しい和菓子ですよ。ダンボールで注文するほどのものではないかもしれないけど・・。
いつもコメントありがとうございます。楽しいだんだんブログいつも楽しませていただいていますよ。ありがとう、 たぬち庵。
投稿: たぬち庵 | 2008年9月11日 (木) 20時28分
いまこそ水洗が当たり前ですが、トイレは歴史の変遷にしっかりついてきましたね!
子どもの頃が懐かしいです!
投稿: ミル | 2008年9月13日 (土) 21時19分
ミルさん、こんにちは。
先だって街をうろついていましたら急に腹具合がおかしくなりましてね。最寄にあったパチンコ屋さんに飛び込みました。
まあ私、20年近くはパチンコはやっていないんですが、いまどきの遊技館のトイレの素晴らしさに感心しました。感動すら覚える心境でありましたな。まあ一応トイレットペーパーも備え付けてありましたがすべてが全自動の仕掛けがなされれていまして、空調音響完備で、最後は爽やかな温風仕上げでついにはここまでと、いたれれりつくせりの素晴らしいトイレを経験致しました。
トイレ事情も時代とともに大きく進化を遂げましたねえ。私は若い頃よりトイレ掃除を半ば趣味としていましてね。各地に現地事務所を設け転々とする仕事をしていました。
汲み取り式でしかも仮設トイレの掃除などもよくやりました。
直前に済まして出て来た部下などの便を見れば体調までもわかってしまうというぐらいの自称トイレ雑学博士なのです(笑)。
山間部の仕事に行った時など、大自然のなかでよき足場とロケーションを選び、排泄を致しますと幸福感でいっぱいになるのはなぜなんでしょうかな(爆)。
いやいやどうも、はじめてお会いしたのにくさい話になってしまいましてごめんなさい。
それじゃどうも、コメントありがとうございました。 たぬち庵
投稿: たぬち庵 | 2008年9月14日 (日) 15時48分