限界集落と棚田
現在日本には人口に占める高齢者の割合が半数を超える集落が7800あまりあるんだそうです。
私が暮らす鳥取の山間にもそのような集落が存在します。
中には80%以上が高齢者といった集落もあります。実に寂しい限りですねえ。
息子たちは都会に出てしまって、年老いたお爺ちゃんとお婆ちゃんだけが残っていて、村の共同作業などもできず、地域社会の維持が困難な状態にある集落を「限界集落」というんだそうです。
しかしまだ住み馴れた山里を捨ててしまうことができず、年老いた人々が自然とともに一生懸命に命をつないでいるのです。意味はよくわかるが、よくもまあ「限界集落」とは言ってくれますなあ。
高度経済成長時代に多くの若者が、日の丸の旗を掲げた就職列車にのって都会へ出てゆき、今の日本の基を築いてきました。
若者に夢を託し、山深い故郷の田や畑を維持し山を護ってきた人たちが今、高齢に達してなお山間地で暮らしているのです。
市町村合併で山の中の集落でも地区名は「○○市△町」、郵便物はもとよりちょっとした使い物までやってくれた「郵便さん」は今じゃ民間会社、少子化で学校は統廃合して数十キロ離れてしまった。不便でさびしくて厳しい現実に直面しながら生活しています。せめて呼び方くらいは気使ってあげてはどうかと思うのですがねえ。
都会のほうでは、やれ交差点が不便だといっては何億円もかけて改良します。人口の少ない中山間で暮らす人々も国民の一人なのです。山郷で暮らすお年寄りたちにも政治の手厚い援助をお願いしたいですな。
またぞろ中央では総理大臣候補がたくさん良いことを掲げていらっしゃいますから期待しましょう。集落も「限界」じゃなくて希望を持って生きられるように「希望集落」なんていうのはどうかなあ。
今日は県境に程近い集落の営む農地、棚田の存続を応援する「棚田オーナー」さんたちを交えて稲刈りだったそうです。
稲刈りがすんで昼食会のところに出くわした。遠いところでは千葉県からいらっしゃった方がいた。
やはりここでも俄か仲間入りを勧められていつもの「いやいや、どうもどうも」で仲間入り(爆)。
いい日和で和やかで、とても癒された一日でしたな。
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コメント
たぬち庵さん こんにちは
市町村合併の弊害はここにあります。どんなに人口が少ない村でも絶対に小中学校はあったのに、合併したら元隣町の学校に統合。同じ◎◎市立なので、構わないんですよね。
市町村合併により、過疎は促進されています。
これだけ車やインターネットが発達し、別に都会にいなくても生活は成り立ちそうなものなのに、過疎が進むのは、行政サービスが足りないからでしょうね。
大阪に住んでいて一番恵まれていると思うのは、試験や研修です。大阪に会場がないなんてあり得ない。でも鳥取の人は、大阪や広島の会場へ、ってことが多いですよね。
投稿: ようこ | 2008年9月14日 (日) 22時11分
年老いた親たちは、不便で淋しくて厳しい所でも、住み慣れた土地から離れようとしません。
“希望集落”ならば、離れていても、少しは安心出来るのですがね。
投稿: okaan | 2008年9月15日 (月) 11時01分
ようこさん、こんばんは。
平成の大合併、ようやく落ち着いた感がありますが良くなったこともたくさんあろうかと思います、でも山間地の小さな町村だったところなどの人たちから愚痴とも聞こえる言葉をよく耳にします。
過疎地が取り残され、不便さが増して若い人たちが出てゆく状況は残念でたまらない思いがします。働き場所がないというのが大きな理由なのですが、田舎で山村で豊かな生活が望める環境ができるような方策がほしいですね。
うまく住み分けができていけるような社会が待ち遠しいです。私たち田舎で暮らす者の希望です。各地で地産地消の取り組みや名産品作りなどいろいろな取り組みをした各地方での成功例など聞くたびに希望を感じます。
行政だけに頼っていてもあてにならないと発奮してじげ起こしの機運も高まってきているようですからね。本当の「希望集落」になってほしいものです。
各種の試験・研修会場は鳥取の場合はやはりほとんど大阪を希望します。私も建設関係の試験や研修はよく大阪・京都の大学の会場へ行きました。
都会の空気に触れる良い機会でしたからついでに阪急百貨店によく立ち寄りました。ショッピングなどで行き交う人たちを見ると、早足で何かみな目的があってさっさと行動しているようにみえます。
私などはもう人に圧倒され、酔っているような錯覚に陥ります。アハハッ、もう田舎人種になりきっていますからねえ。いつも落ち着かなくて一人歩きでとても楽しむ余裕はありませんでした。
「なんば」の高速バス乗り場付近にいますと鳥取の一部のような気がして、ほっとしてとたんに食欲がわいてくるんです(笑)。あそこのエリアだけが大阪で一番落ち着くことができます。関空につながっていて世界へつながっているように思えます(笑)。私の家の玄関のように感じている癒しのエリアです。ここは大好きな場所なんですよ。2時間くらいの待ち時間は読書でゆったりできますから素晴らしい空間なのです。
それじゃ、ようこさん、いつもコメントありがとう。 たぬち庵
投稿: たぬち庵 | 2008年9月15日 (月) 19時05分
okaanさん、こんばんは。
はい、年老いた親御さんの心境はよくわかります。私の友人に東京の官公庁に就職し立派に出世した友人がいます。郊外の閑静な住宅地に家を建てて田舎で暮らす両親を引き取り、何不自由なく暮らす計画でしたが、2年もしないうちにご両親は田舎の不自由な暮らしが懐かしくてかえって来ました(笑)。古い家は近所の親戚が管理をしていて事なきを得ましたが売却していたならさらに大変な悲劇が生まれることだったに違いありません。
お二人の言うにはこうです。まず畑がないから毎日することがなく、公園で時間をつぶすにもよもやま話の相手がいない。いちいち出かけるのに着替えをしないと近所の手前が悪いと「嫁さん」がうるさいのだそうだ(笑)。
「まあ、時々孫の顔を見せに来てくれりゃあ、それだけでええわ。」と今は野菜つくりに精を出していらっしゃいます。
しかし連れ合いのおひとりが具合が悪くなったりしたら心配が絶えません。医療の問題など行政サービスなども十分に充実してくれてね、田舎のお年寄りの暮らしをサポートして頂きたいなと思います。
選挙のたびいつも「お年寄りが安心して暮らせる社会を実現します。」と言うんだがねえ。
いったい本気で言っているんだか、政治家は嘘は平気でいうからね。本当にやってもらいたいものです。希望の持てる政治をねえ。
okaanさん、コメントありがとうございました。たぬち庵。
投稿: たぬち庵 | 2008年9月15日 (月) 20時34分
こんばんは。
連休疲れです、子守り疲れです(笑)
高齢化社会への対応が遅れてる行政には、期待は出来ません。
自治体や「何とかしなくちゃ」という人たちのパワーにすがってでも、援農などで山間地の荒廃を防ぐべきでしょう。
鳥取・島根にも、棚田が多く存在しています。
日本の原風景とやらで、撮影に来る人が多いですね。
何でもいいから、ここに来て何かを感じて欲しい。
生かしたまま保存する道が開けて欲しい。
あ、農園から届きましたよ、二十世紀が!
頼むのが早かったみたいで、食べるのは数日後かな、楽しみです。
投稿: だんだん | 2008年9月15日 (月) 23時27分
だんだんさん、こんばんは。
ちょっと体調崩していた間に、ぎょうさん仕事がたまってしまいました。大した仕事じゃあないんですが、まだ頼りにしてくれていましてね、年とっても仕事があるのはうれしいことです。
もう3年ばかりしたらリタイアするかなあなどと思っています。今から仕事を離れても、生きがいを感じられるような人生を過ごしたいといろいろ計画しています。
高齢化社会がどんどん進んできていますが、安定した年金生活は望むべくもない境涯ですから工夫が必要なのです。
格差社会はある程度仕方がない部分はあるけれど、多少なり努力している人たちが不便を感じないくらいの生活を楽しむことができる社会を望みます。若い人たちが取り組んでほしいなあ。
またまた企業エゴの恥ずかしい行為が騒がれています。田舎の山裾に広がる曲った田んぼも、休耕地で荒れ果てた田んぼでも耕して暮らせばそこそこ生活できて田舎暮らしの幸せが感じられるようになってくれば、食糧自給率もグーンとあがってきます。
食の安全の問題も基本は自国で食べるものを、まず自国で賄える様な国造りを目指していくことが大切なことと思いますねえ。
つきつめると日本の文化は「米を作る」ことにはじまり「美味しいご飯を食べる」ことに原点があるように思います。
だんだんさんのように都会暮らしがながくても、田舎人の心を優しく育んでおられる方は、お話にとても温かさが感じられます。ユーモアあふれたブログにふれ、心癒される人も多いのではないかと思います。
今年は天候にも恵まれ美味しい二十世紀梨が出荷されているようです。実りの秋、豊穣の秋を満喫できるのはたいへん幸せなことですね。
それじゃどうも、いつもコメントありがとうございます。 たぬち庵
投稿: たぬち庵 | 2008年9月17日 (水) 19時49分
たぬち庵さん
こんにちは。お久しぶりです。久々にコメントを投稿させて頂きます。
たぬち庵さんのこのエッセイを複雑な気持ちで拝読しました。
と共に、この様な内容のエッセイを綴って頂いた事を大変嬉しく思います。
私の故郷の和歌山県の山間部も同様です。田舎が嫌いで都会に憧れ、デザインを学んだ私ですが、振り返ってみると複雑な想いがあります。故郷の自然遺産や文化遺産にもう少し早く気付けば良かったと思う事もあります。
投稿: ガイア | 2008年9月18日 (木) 10時27分
ガイアさん、こんばんは。
いやいや、あの時代の若ものにとって、都会への憧れは当然だったですよ。夢と希望に満ちた世界、みな都会への志向は向学心をたぎらせ勉学にいそしみ、いい学校を卒業して都会のいい会社へ就職することが一家をささえる命題のようになっていましたからねえ。
田舎ではどこそこの誰それさんは都会にでて立派になっているそうだとかよく聞かされましたな。
よし俺もとなって頑張りましたから。良しつけ悪しにつけこのころからすさまじい競争が始まり、暮らしぶりもよくなっていきました。各家庭にテレビが入り世相もリアルタイムで日本全国に発信され、激動の昭和がはじまったんですねえ。
働く場所は能力に応じてたくさんありました。娯楽も目新しいものがどんどんできて紹介されます。貧乏くさい田舎の生活を嫌う若者が、都会を目指すのは至極当然だった時代です。
鮎は稚魚のころ大海をめざし、川を下って大きく成長します。そしてまた故郷の川へ戻ってきて次の世代へと生をつなぎます。生まれ故郷の匂いを嗅いで戻ってくるんだといいます。
生まれ故郷をこよなく愛する気持ちに至るのは、多くの見聞や他国で暮らした経験から、より強く感じるものなのですねえ。
遠くにいてより強く故郷を思う気持ちは、先人達が歌や詩でよくあらわしていますが、今にして実感しますな。
「ふるさと」はいいですね、理屈抜きでいいものです。それぞれ人々の心の宝物なのでしょう。
散歩道の「ふるさと」の歌、毎日聞いても飽きることがありません。
ガイアさんの、いつもほんのりとさせるコメントありがとうございます。 たぬち庵
投稿: たぬち庵 | 2008年9月18日 (木) 20時27分
たぬち庵さん。こんばんは。
高齢者が全体の半数を超える集落がそんなにあるのですね。
先日、テレビでそういう街に農家カフェなるものをオープンして繁盛しているという紹介がありました。そこもやはり半数以上が高齢者。
こういう集落に逆の発想で入ってくる若者たちも増えるといいかなって感じます。
すみません。しばらくご無沙汰しておりました。
応援ポチして帰ります。
投稿: 環ちゃん | 2008年9月19日 (金) 21時25分
環ちゃん、こんにちは。
こちらこそ、大変ご無沙汰しとりました。
孫の運動会やらいろいろスケジュールが詰まっておりました。
周辺もなにやら忙しくなってきましてブログの更新もままならない様子になってきました。
田舎の特に交通の便の悪いところは、産業もなく職場も限られていますからねえ。若い人たちは定着しません。高齢者の比率が高くなるこれからの時代、田舎暮らしは大変です。若いUターン組は少なく故郷を目指す方の多くは定年を迎えた人が多く、なかなか地方の活性化を促進するには無理があります。
それでもUターン組には都会で培ったアイデアやその他の斬新なノウハウもありますから、地方の故郷のために力になっているケースがたくさんあるようです。
もう一度、全国の元気な田舎の姿を目にしたいです。田舎が元気になると自然環境も良くなって、食糧自給率も上がってきますからねえ。日本の文化は稲作が原点です、農の暮らしが原点です。天皇陛下の重要な儀式にも田植えをなさることを、重要な行事にしていることからもよくわかります。
大自然とともに暮らし、農業を営み心豊かに暮らせる人々が増えてきて、バランスのとれた社会が望ましいですね。
いつもコメントありがとうございます。 応援ポチありがとう返礼時々ですが寄らせていただいとります。 たぬち庵
投稿: たぬち庵 | 2008年9月23日 (火) 09時37分
たぬち庵さん、いかがお過ごしですか? お元気にされていますか。また楽しい話題を書いてくださいね。
お蔭様で、だんだんさんとお友達になれました。すてきな島根情報などいただいています。たぬち庵さんの鳥取情報もお願いしますね。
投稿: ようこ | 2008年10月 5日 (日) 21時49分
こんにちは、たぬち庵さん。
お元気ですね。きっと南方方面に腰を据えていらっしゃいますね。
投稿: だんだん | 2008年11月25日 (火) 20時26分