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2008年9月

2008年9月14日 (日)

限界集落と棚田

現在日本には人口に占める高齢者の割合が半数を超える集落が7800あまりあるんだそうですDsc05031_2 

私が暮らす鳥取の山間にもそのような集落が存在します。

中には80%以上が高齢者といった集落もあります。実に寂しい限りですねえ。

息子たちは都会に出てしまって、年老いたお爺ちゃんとお婆ちゃんだけが残っていて、村の共同作業などもできず、地域社会の維持が困難な状態にある集落を限界集落というんだそうです。

しかしまだ住み馴れた山里を捨ててしまうことができず、年老いた人々が自然とともに一生懸命に命をつないでいるのです。意味はよくわかるが、よくもまあ「限界集落」とは言ってくれますなあ。

高度経済成長時代に多くの若者が、日の丸の旗を掲げた就職列車にのって都会へ出てゆき、今の日本の基を築いてきました。
若者に夢を託し、山深い故郷の田や畑を維持し山を護ってきた人たちが今、高齢に達してなお山間地で暮らしているのです。

市町村合併で山の中の集落でも地区名は「○○市△町」、郵便物はもとよりちょっとした使い物までやってくれた「郵便さん」は今じゃ民間会社、少子化で学校は統廃合して数十キロ離れてしまった。不便でさびしくて厳しい現実に直面しながら生活しています。せめて呼び方くらいは気使ってあげてはどうかと思うのですがねえ。Dsc05015_2

都会のほうでは、やれ交差点が不便だといっては何億円もかけて改良します。人口の少ない中山間で暮らす人々も国民の一人なのです。山郷で暮らすお年寄りたちにも政治の手厚い援助をお願いしたいですな。

またぞろ中央では総理大臣候補がたくさん良いことを掲げていらっしゃいますから期待しましょう。集落も「限界」じゃなくて希望を持って生きられるように「希望集落」なんていうのはどうかなあ。 Dsc05019_2

今日は県境に程近い集落の営む農地、棚田の存続を応援する「棚田オーナー」さんたちを交えて稲刈りだったそうです。
稲刈りがすんで昼食会のところに出くわした。遠いところでは千葉県からいらっしゃった方がいた。


Dsc05021_2 やはりここでも俄か仲間入りを勧められていつもの「いやいや、どうもどうも」で仲間入り(爆)。
いい日和で和やかで、とても癒された一日でしたな。

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2008年9月10日 (水)

二百十日と下水道の日

中学生だったころ、農家だった実家はまだ汲み取り式のトイレだった。
私は、母の手伝いでよく便所の汲み取りを手伝っていたが正直、とても辛い仕事でしたナ。
ある日の日曜日、汲み取り仕事の手伝いの真っ最中に駅前で食堂を営む家の女の子達数人が突然、家に遊びにやってきた。

バツが悪くて穴でもあったら入りたかった(笑)。「田舎の香水よ。気にすることないじゃん!」と慰めてくれた優しい娘がいたな。

有機農業は素晴らしいなんて言って理念には共感するのでしょうが、現実には非常に大変なことであります。

今年度版の環境白書で、江戸の都市はし尿や生ごみといった有機物が農村で肥料として土に返り、都市に残留することなく循環型社会が形成されていたと強調しています。

中世ヨーロッパのコレラやペストなどのように、伝染病なども少なく衛生的な社会生活をしていたと書いています。し尿を利用した肥料は、最も豊かで有効な方法であり、東洋の循環を礼讃されてよいものだね。

現在ではこうした循環は下水道が担うようになっています。下水道法の整備がなされ、高度経済成長期からは本格的に下水道整備が日本全国で行われました。

農村でも下水道整備が進み、多くは水洗トイレを使用して住環境もずいぶん改善されています。下水処理した汚泥から肥料も作られています。
いま、さまざまな分野で新たな循環型社会が飛躍的に発展しているようです。

今日は台風が最も多いとされる「二百十日」、雨水の浸水対策の役割を担う「下水道の日」でもあります。

ゲリラ豪雨なる新語もできた水害の発生も頻繁になっていますが「豊かな実りの秋」であってほしいものです。

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