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2008年8月24日 (日)

フィリッピンの子育て

Dsc01100フィリッピンの街を歩いていて横町をのぞくと、表現は悪いがまさにうじゃうじゃと表現するほどのたくさんの子供達が遊んでいる。団塊の世代に生まれた私たちの日本の戦後間もなくの昭和20年代の頃を彷彿とさせ限りなく郷愁を感じます。

フィリッピン人の子供好きには驚嘆に値します。子供の洗礼式や入学式などだったりすると、会社の事情などおかまいなしに休む。それを責めたりなどしたら逆に人格を疑われ退職も辞さないのだから恐れ入ります。

Dsc01099そんな事だから子供のすることは、ほとんど何でも許される。公共の場で走り回ったり大声を出しても「子供だから」と理解してやらなければいけないのだ。まさにベビーギャングの集団なのだが、それを見ている親が厳しく叱るなんて言うのは見かけたことがない。いったいこの国の躾教育はどうなっているんだろう、と何度首をかしげたことだろう。

Dsc01737しかしながら、この子供時代が優しさと奔放な甘えに満ち、ホスピタルティー豊かなフィリピーノを育てるコツなのかもしれないナ。どんなに頭に来てもけっして怒鳴ったりせず、じっと笑顔で接しながら子育てをしている。

大勢の子どもたちがいたづらをしているからといって、叱ったりすると子供たちの親から恨みをかい近所付き合いまで台無しにしてしまいます。なにしろフィリッピン人は「スーパー子煩悩」人種なのである。

30年近くフィリピンに往来していても、この子育ての原理なるものは理解できていません。しかし時々日本のご家庭の様子などに接するときに感じることは、こういうのも間違ってはいないのかも知れないなと感じるときがあります。

Dsc02260 フィリッピンでは貧しくて学校に通うことができない子はあっても登校拒否する子供などはまずありません。学校へ行って勉強がしたくてたまらないのです。だから校内暴力なんてこともないんだな。日本で時折、ニュースで伝えられる親殺し、子殺し、児童虐待などといったことは聞いたことがない。

ファミリーはみんな幸せなのです。ファミリーのためには自分を犠牲にして尽くそうとします。フィリピンの子供たちは貧しくとも底ぬけに明るくたくましく育ってゆきます。
この国では、富や利便さが子供を育てるのではなく、愛が子供を育てているのだと言うことを実感します

【今日のタガログ】
         日 本 語: どこへ行くの?
         タガログ発音: サアン  カ ププンタ      
         タガログ語 : Saan  ka  pupunta.?            

爺さんブログ今回もお読み頂きありがとうございます。また次回ご愛読いただきますようお待ち致しております。
気力体力の衰えをつとに感じておりますが頑張ってやっております。右サイドバーに設けた、ブログ村サプリのボタンちょっと
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コメント

こんばんは あまりにも子どもに甘いのは、将来が心配という気がします。日本人と同じで、人間の気質も違ってきているでしょう。昔の人なら「世話になったので恩返し」と思っても、これからの人なら「できるかぎり世話になろう」になったりして… 物質的に豊かになった時代なので、やはりしかるべきところは叱らないといけない気がしますね。

投稿: ようこ | 2008年8月25日 (月) 00時40分

たぬち庵さんのアップが休止してる時は、タガログ語の世界にお出かけなのですね。
やっと納得がいきました。
体力気力がどうのこうのとおっしゃっても、お元気だからこそです。
我が家は三世代になりましたが、徐々に育て方が違っていくのを感じています。
必要なのは、向こう三軒両隣の付き合いを復活させることです。
フィリピンは、自然にそれが出来てるけれど、日本は親子だけの狭い世界しかないです。
周囲の考え方を知れば、子供は見習ったり、反面教師にして、健全に育つとおもうのですが。


投稿: だんだん | 2008年8月25日 (月) 01時15分

ようこさん、こんばんは。

フィリピンの子供たちの育て方にはいまだ心から賛同することはできませんのです。これからは世界に通用する知識とマナーが必要なのですが、このような国民意識のままではいつまでたっても後進国のレッテルははがれようもないです。

私のあの若い時の友人ダニーはなくなりましたが、彼の一族とその後も深くかかわっています。男同士の約束をしていましてね。残された家族の子供や孫たちに少しずつ日本の良いとろを教えて実践させています。

まず最初に日本式の農業を教えています。少しずつ改善しながらさまざまな勉強をさせていますが、彼らにとって良いことなのか悪い影響を与えることになるのか結果はまだまだ先のことになるでしょう。

しかし訪問するたび、日本人の目からは進歩がうかがえさらに日本式農業で栽培した野菜が食べられるようになっています。

爺さんの心にある、小さな世界なのですが少しずつ広がっていっていてとても愉しみにしています。

ようこさんはイベリコ豚をご存じでしょうがね。
スペイン産のあの美味しい豚肉、あれなんですがね。山の民マンニャンが飼育している黒豚がひょっとして同じDNAをもっているんじゃないかと私は考えています。

フィリッピンは昔スペインの植民地だったこと、体長は小ぶりで爪の先まで真っ黒というところまではそっくりなんですよ。
そこで今ね、フィリッピン産イベリコ豚?の飼育に少しばかり興味を抱いています。種豚4匹から始めているところろです。いつかぜひ賞味していただいてね、何かの紹介ページで書いてほしいですな。「旅で出会った、幻のイベリコ豚の素晴らしさ」とか言ってね(笑)。

フィリッピンの子供たち、躾には問題ありですが、年寄りを敬い家族思いの子供が多いです。団塊の時代を過ごした私は見ているだけでも癒される思いです。

それじゃ、どうも。いつもコメントありがとう。
パソコン大変そうですね。いつも愉しみにしていますよ。

たぬち庵


投稿: たぬち庵 | 2008年8月25日 (月) 20時15分

だんだんさん、こんばんは。

フィリッピンの子供たち、とくに田舎や島で育つ子供たちはとてもたくましく純真な気質の子供が多いです。

戦後、私は24年に中国山地の盆地の街で農家の長男として生まれました。その少し前の年代は「産めよ増やせ」の国策だったようで5、6人の兄弟は普通でした。私たちの時代はたくさんの子供がいる世代でしたねえ。

フィリッピンでは今でも兄弟7、8人などというのはごくありふれた家族構成です。マニラなど大都会では少し事情が違うようですが全体に子だくさんの家庭が多いです。

フィリッピンには私たち現代日本人がもう失ってしまった良いところがたくさんあります。

我々日本人は独自のしかも長い年月をかけて培った素晴らしい文化をもっています。これは誇るべきものです。

しかし南国フィリッピンは地域性と国情の違いからくる特有のアイデンティティーを多分に滲ませていて我々日本人の理解を超えるような事物にたびたび出会い、とても驚かされます。

日本では常識であるのに彼らから見れば非常識なことだったことが、後から知ったなどということもあります。

風俗、習慣、ものの考え方感じ方がある程度わかって付き合っていくと、明るくホスピタリティー豊かなフィリピンの人たちがとても好きになってきます。

ここで日本の常識はしばらく忘れて過ごすと、もうフィリッピンの魅力の虜になってしまうんです。

また時々、フィリピンの面白事情も紹介しますよ。  

いつもコメントありがとうございます。 たぬち庵

投稿: たぬち庵 | 2008年8月25日 (月) 21時15分

おはようございます。ガイアです。
たぬち庵さんの暖かい眼差しが文章に滲み出ています。朝、このエッセイに触れる事が出来ました事は、私の爽やかな一日の始まりを告げているかのようです。
子供たちの目が輝いていますね。素晴らしい表情ですね。
日本人が失ってしまったものが何であるのか、フィリピンの方々の暮らしを通して考えさせられた想いです。
日本では世代間のギャップに悩む方が大勢だと思いますが、この国に於いてはそのような事がなく、豊かなコミュニケーションが育まれているのだと察します。

投稿: ガイア | 2008年8月26日 (火) 09時30分

フィリピンの子育て事情は確かに凄いですよねぇ~
経済的には貧しくても子沢山で
その子煩悩ぶりは凄いです
養子縁組なども極普通ですよね
それぞれのお国事情やお国柄で
どちらが正しいは無いのでしょうねぇ~
私が良く行くフィリピンは 
ボラカイ
プエルトガレラ
アニラオです
最近は国内線移動が面倒で
プエルトガレラ・アニラオが気に入ってます
まだまだ~行きたい所は
たぁ~くさん有るんですけどね☆

投稿: hisami | 2008年8月26日 (火) 13時48分

ガイアさん、こんばんは。

いつも心温まるコメントありがとうございます。いつも元気づけられるお言葉感謝の心でいっぱいです。

フィリッピンの子供たち、貧しさに滅入ったり嘆き悲しむ様はあまり見掛けません。少しの食べ物でも兄弟が分け合って食べます。お年寄りもとても大切にしますが兄弟、友人見知らぬ人に対する寛容さも持ち合わせています。

田舎の貧しい暮らしぶりを見ていると、哀れなぐらいの同情心をおぼえます。そんな中で家族は強い絆で結ばれ仲良く協力して暮らしています。

そのような情景に触れますと、胸が熱くなり素晴らしく美しい何物にも代えがたいよい出来事に遭遇した思いがします。

良いことなのか悪いことなのか世代間で生活感や社会環境がが大きく変わっていないですねえ、携帯電話の利用とIT普及した以外は。  ・1・

投稿: たぬち庵 | 2008年8月26日 (火) 18時59分

都会ではインフラの整備が目立ちますが地方での暮らしぶりは
30年来大きく様変わりしていませんね。

のんびりゆったりした時が流れ、仕事のないひとがたくさんいますが悲壮感は感じません。このような感覚は日本人には理解できないでしょう。

この人たちの明るいキャラクターはアイディンティティーの不安定からくる反動ではないのでしょうか。

このことこそがたくさんのオカマ文化そのものを実現させたルーツではないかと思えます。

貧困さからは、はるかに遠い位置にいるわれわれ日本人の思考や物差しでは彼らを理解することはできません。

私は「貧困」について知っているとは言い切れませんが、私たち団塊の世代が育っていく過程と共通したものが多く存在します。ここに身を置くと郷愁を感じ、あの時代の少年の心がよみがえってきます。
だからとても好きなところなのです。

いつもコメントありがとうございます。たぬち庵


投稿: たぬち庵 | 2008年8月27日 (水) 07時32分

hisamiさん、おはよう。

今ではhisamiという活字を目にするだけで「南の島」「白いビーチと青い海」を連想します。
ボラカイにはぜひ行ってみたいです。よく行くロハスから船で2時間あまりで行けます。

プエルトガレラは私の「第二の故郷・ミンドロ島」にありますね。
ここは「世界で最も美しい湾」に選出されたこともあるリアス式海岸とホワイトサンドのビーチもあってダイブをされる方には人気があるようですね。

プエルトガレラへ行くにはマニラからの交通はどのようにされているんですかなあ。

私はミンドロへはマニラから高速?バスでバタンガスガスへ行きます。そこから高速フェリー(スーパーキャット)でカラパン港へ行って、さらにバスでミンドロ島を南下し、やはり港町ロハスというところまでいきます。マニラからの所要時間は9時間余りを要します。

私はプエルトガレラへはカラパン経由で陸路で行きます。途中、田舎街探索をしながらですから1日がかりです(笑)

昔から何回か行きましたよ。最近では韓国からの観光客が大変多くなっていますね。見た目日本人観光客かと思えるが、すぐ見わけが尽きますね。大きな声で歓談していますから・・。

サバンビーチも20年位前は観光客も少なく、とてもきれいでしたが最近は少し様子が変ってきています。しかし南国の海を満喫するには絶好のリゾートです。何度行っても飽きることはありませんね。

ここに行っている時は、日よけの麦わら帽子に大きく「hisami」とかいておいてください、ばったりなんてこともあるかもしれません。

いつもコメントありがとう。 たぬち庵


投稿: たぬち庵 | 2008年8月27日 (水) 08時31分

ちょうど1年くらい前。派遣会社からフィリピンの方がやってきました。半年くらい頑張ってもらったのかな?
でも、お父さんが具合が悪いとのことで、急遽、フィリピンへ帰りました。
かたこと同士ながら、よくしゃべりました。手品が上手だったのですよ、その人。
子煩悩に育てられたからこそ、親思いだったのかな~って、記事を読んで感じました。ありがとうございます。

では、ポチっとしていきます。
ちなみに私もポチって欄(人気ブログランキング)があるので、是非、ポチお願いします~

投稿: 環ちゃん | 2008年8月28日 (木) 20時44分

な、なんと。1位ではありませんか~
すご~頑張ってくださいね!
(思わず戻ってきました~)

投稿: 環ちゃん | 2008年8月28日 (木) 20時46分

環ちゃん、おはようございます。

私の知ってるフィリッピンは大都会マニラなどではなくフィリッピンの田舎町街からの情報が多いですからね。日本ですら都会の事情は新聞テレビでの情報だけですよ。まあ日比いずれも田舎のローカル情報として聞いてやってください。我ながら田舎のたぬち庵に住んでるタヌキ爺さんとはうってつけの名があったものだと思っています。

しかしフィリッピンにおける地方の実情などは現地の人なみの実情認識と思考ができるくらいだと自負しとります。

日本への出稼ぎ労働は非常に狭き門となっていましてね、彼らの仕送るお金は国家の外貨取得高の大きな支柱になっています。働いたお金のほとんどを家族のために送金します。

家族を大切にすることはとても大切なことです。フィリッピン人においては思考の一番最初が家族愛から始まる回路になっているように思います。

アハハッ、環ちゃんのブログにもランキング参加のボタンあったんですねえ。スンマセン、一昨日まで気がつきませんでした。愛読者としては何と迂闊だったのかと反省しとります。

ちょっとずいぶん控え目にさりげなく、周りに溶け込んでいて気がつきにくいですよ。雨の日も風の日も毎日プッシュしに出かけます。

あまり特別な意識はなかったですが、やっていますと気になってくるものですな。やはり爺さんなかなかやっとるナ、うんいいね、などと思っていただいてもそこまでね、ぽちっとやっていただくと評価がわかってランキングが上がります。

いろいろ見てみますと「猫」が好きな方がたいへん多くて一般的に評価も高い、じっくりとエッセイなど本格的に読んでもらいたいものは内容の充実度によりランキング評価は別れている傾向にあります。さらに更新回数も大きく影響しているようです。

要するに肩がこらなく、長からず短からず癒し系のものか興味深いもので毎日更新できたらランキングは上がるということになりますね。

マイペースで更新中ですが、また見てやってください。
いつもありがとうございます。  たぬち庵


投稿: たぬち庵 | 2008年8月29日 (金) 08時43分

拍手コメント(("(人ω・)シェイクシェイク(・ω人)"))ございました
フィリピンの子育てですか。
国の特徴が出ていておもしろいですね。
一般的に許容される行動はあると思いますが、
その土地の価値観も尊重すべきですので
折り合いをつけるのは難しそうですね。

しかしフィリピンの学校に行きたくない子がいない
という箇所には、考えさせられることが多いです。

行きたくないのに行かなきゃいけない。
行きたいのに貧しくて行けない。

どちらがより贅沢なのでしょうか?


投稿: Bird English | 2008年8月29日 (金) 20時48分

しばらく出張でネットにつなぐのも
久しぶりの感があります。
この間大きな台風がフィリピンを
襲ったようで、被害が気になります。
フィリピンは貧困というイメージがあり、
天災が起こると復興も大変なのではと‥

ところ変われば子育ても変わるのですね。
叱るべきところは叱らねばと感じるのですが、
そのように大らかに育った故の明るさなのかも
しれないとも感じますね。
日本ではイジメなどのネチネチした問題や、
自分がよければいいという風潮があります。
日本は豊かになることで得たものと同時に失って
しまったものも多いのではないでしょうかね。
助け合う心や、人を思いやる心がそれです。

お疲れのようですので
カンフル剤代わりに
応援ポチです!


投稿: アニメ小僧 | 2008年8月30日 (土) 03時06分

Bird Englishさん、こんばんは。

やはり南国の子供たちはのんびりしていましてね、悪ガキもいますが眉をひそめるような感じのものでではなく、カラリとした子供の悪戯というんでしょうかそういった場合が多いようです。

子供の遊ぶ道具も十分ではないから、私たちが子供のころにやった魚とりや野山の探検ごっこや単純な手作りの遊びに夢中です。小さい頃からバスケットボールはよくやります。その他自給自足の生活に結びついた子供の様子が見られます。

学歴社会が浸透していて、自活できる職業や会社勤めなどは大学卒業が必須です。だからみな学校へ行きたがります。子供の多い家庭などは兄や姉が家計を助けて弟や妹の大学までの学費を捻出するケースが殆どです。そんな具合だから、学校へ行ける子どもたちは、家族のためにも一生懸命頑張ります。

親たちにあなたの夢は何ですかと尋ねたら、皆さん異口同音に「子供たちを皆、大学に通わせてやるのが夢ですよ。」と言いますね。ハイスクールを終えたくらいではまともな職業にはつけないのが現状のようです。貧しい家庭が多いですから、学校にも行けなくて、なにがしかの手伝い仕事でその日暮らしの若者が大勢います。

経済の状況も非常に立ち遅れています。しかし子供たちの表情は明るく人懐っこくて、老人を敬う情景を見ると救われる思いがしますね。

それじゃ、どうもコメントをありがとうございました。 たぬち庵

投稿: たぬち庵 | 2008年8月31日 (日) 18時43分

アニメ小僧さん、こんばんは。

はい、またルソン島では被害が出たそうです。地方など貧困な人々は簡単な家屋が多いですから、すぐに壊れてしまいます。

道路、河川の整備はとても遅れていて、幹線道路などの付近の他は復旧作業工事も遅々としてみじめな状態が長く続きます。

家がなくなったら、友人知人、近所が面倒をみます。そうすることが当たり前のようになっています。

しばらくして行ってみたら、竹とヤシの葉の屋根ですぐに、家を復旧している現場にも出会うことがあります。

竹で造った家、私は憧れのようなものを感じるのですが、凝った感じで南国ムードを感じさせるものでもやはり現地の方はセメントブロックの家がステータスのように思っています。

表面は仕上げていなくても屋根ができたらすぐに住み着きます。それで仕上げは大学を終えた息子たちが職業についたら見違えるように仕上げ飾り立てます。

ここで「フィリッピン流子育て」が完結するのです。こよなく盲目的に愛し育てられた子供たちは、親はかけがえのない恩人であり、すべての愛の対象になるのです。

フィリッピン人の娘さんを嫁にした日本人が戸惑うのもこのあたりの生活文化の違いを認識していないからいろいろ問題が生じてきます。

フィリッピン人気質としては計画性に乏しく、喜怒哀楽の表現は大げさといえるほど大きい、日本人から見れば相当いい加減な人たちと言った評価になりがちです。

後進性だけにとらわれず、不思議な国フィリッピンをじっとおおらかな心で観察しますと、この国の人たちをとても好きになり、楽しくなってきます。

強力サプリがきいたようで元気になってきました。来週はぜひ面白いものをアップします。

いつもコメント、ありがとうございます。 たぬち庵

投稿: たぬち庵 | 2008年8月31日 (日) 19時24分

こんにちは^^
国によって本当に何もかも違いますよね。

同じ国でも地方によって違いがあるんですから
当然ですよね。

悪い事をしたら叱るというのは当たり前のように感じますが
その悪い事の内容が違うんですね。
日本では他人に迷惑のかかることは一切悪い事。ダメな事。
でもフィリピンでは違うんですね。

どれが正しくてどれが間違ってるのか
わたしには判断つきかねますが
以前留学していたイギリスでホームステイ先のお父さんが、
子供が熱を出したと聞いてその日の出勤を急遽休んで一日一緒についててあげてるのを見てびっくりしました。
今まさに出勤しようとしてたとこだったんですけどね
突然着替えて休むって電話してました。

本当色々ですよね。

投稿: sabo | 2008年9月 4日 (木) 10時06分

こんばんは たぬち庵さん、どうしてますか~
出張中でいらっしゃいますか~
ちょいと心配しています。
また遊びに来てください!

投稿: ようこ | 2008年9月 7日 (日) 22時35分

saboさん、コメント気がついていませんでした。

ごめんなさい、郷へ帰る準備をしているころでした。
母の一周忌を9月6日に執り行いました。その後、体調を崩してしばらく寝込んでいました。いましがたコメントに気がつきましたよ。脳梗塞爺さんということでご容赦のほどを・・。

日本の親御さんと外国の方たちとはずいぶん愛情の表現が違う場合に出くわすことがありますね。表面的なことだけでその愛情を量ることはできませんが、文化、宗教その国の道徳観念などの違いによりさまざまな教育方法、愛情表現があるようですねえ。
多様な文化やさまざまな思考、宗教の一端に直接触れ、理解でき様なグローバルな考えを多くの人々が互いに共有できる国際社会が醸成していけるようになり、人類がいつまでも平和で戦争のない地球であってほしいですねえ。

それにはやはり個人単位の交流から、国と国の交流理解が必要なんでしょうな、永い永い時間が必要だけどぜひそういう人類の未来が望まれますねえ。
死後も確かめるそういう世界があるなら見守っていきたいなあと思います。

も少し残された時間を、大切に有意義に生きていきたいと願ってやみません。

いつもコメント、ほんとうにありがとうございます。 たぬち庵

投稿: たぬち庵 | 2008年9月15日 (月) 19時51分

ようこさん、こんばんは。

あははっ、スイマセンでした。
取り込みがありましたんでね。

心配をしていただいていたんですねえ。ありがとう。
そんなわけでありまして、復帰しましたんでまたぼちぼちと
やっていきます。

いつも気にかけてくださってありがとう。 たぬち庵

投稿: たぬち庵 | 2008年9月15日 (月) 19時55分

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