2008年6月28日 (土)

放棄農地のヤギ

和     名    ヤギ (山羊)
英    名
    : ゴート(Goat)
タガログ語名 カンビーン(Kambing)

Dsc04332_2 耕作放棄農地の解消に向けて鳥取県農林局が今年から事業化した「ヤギのレンタルバンク制度」が始まりました。制度がスタートして「農地を荒廃から守りたい」と多くの人たちから問い合わせがあるそうです。一度放棄された農地を元の耕作地に戻すには大変な時間と労力が費やされます。そこで草食動物で硬い草でも根こそぎ食べてしまうヤギさんの出番となった次第なのです。食糧自給率向上が叫ばれている昨今、農業再生に一役買うグッドアイデアだと思いますな。

Dsc04330_2ヤギの家畜化は、西アジアの山岳地帯にいた野ヤギを、家畜として飼いならしたものが最初で、ヨーロッパ、中国、東南アジアと様々な地域に広がっていったとされています。家畜としてのヤギは食肉用や搾乳用にに飼育されています。牧畜を行う地域では、ヤギの肉はよく食べられているようで、煮込みやロースト等が一般的な調理の方法です。その他加工した肉や乳製品を使ったレシピもたくさんありますね。沖縄では今でも一般によく食べられているそうですね。

Dsc01104_2 私は思うんですけれども、今の日本の放棄農地の対策としてね、農林省に取り組んでみたらと提案したいな。近年ヤギの増殖で生態系が崩れ、野性化したヤギに手を焼いている南西諸島伊豆諸島などからから連れてきて荒廃農地を無くしたらどうかと・・。

それでもって増えたヤギはヤギ乳と肉になり、食糧不足も補えて一石二鳥となりますな。危ない輸入牛肉ばかりに頼らなくたってさ。そうなれば吉野家が安くておいしい「ヤギ丼」はじめました、なんていうのが近い将来、あるかもしれないな?。

上の写真(2枚):鳥取市河原町(2008年6月撮影)
下の写真:比国ミンドロ島 (2008年1月撮影)

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2008年6月21日 (土)

南国のスープ

カミヤスとシニガンスープ(Sinigang sa kamias)

カミヤスの実は、木に寄生しているかのように、幹にたくさんの実がつきます。
和   名:長葉の五斂子
英 語 名:ビリンビ(Bilimbi)
タガログ語名:カミヤス(Kamias)

Dsc02490_2 インドネシア原産で熱帯各地に分布する。フィリッピンの田舎には庭の木として一般的によく植えられている。
実は鮮やかな緑色で熟すと黄褐色に変色するが食材としては緑色の瑞々しいものを用いる。
実の中は白くスポンジ状になっていて、とても酸っぱい。果実として食べるにはとても美味しいものとは言えませんね。

Dsc01615フィリッピンを代表するスープ料理で、一般家庭でもよく作られるものにシニガンスープと言うのがあります。サッパリとして爽やかに酸味が効いて、食欲をそそるスープなのです。この酸味の味つけにカミヤスは欠かせない食材です。
このほかにも、タマリンド(Tamarind)やバヤバス(Bayabas)などあって地方により入手が容易なものを利用しています。

Dsc01781シニガンスープと一口に言ってもバラエティーは非常に豊富にあります。メインとなる具は豚肉、、鶏肉、魚介類などと野菜をいれて各家庭で多種多様なものを入れてつくっています。

フィリッピンではちょっとした町にはパレンケと言われる市場がある、新鮮で安い食材をたくさん売っています。パレンケで買い込んできた食材で、おいしいスープを作るポイント。メインとなる具を時間をかけてじっくりと煮込んで、ダシが出たら塩を加えて煮るだけでよろしいな。カミヤスの酸味と食材の旨味が相まってとても美味しいシニガンスープとなるんですよ。

いずれのメインの具にても、トマトの薄皮をとったもの小さく切って入れておくと、スープがはんなりといい味と色になります。この写真のものもたぬち庵爺さんの謹製の一品です。(ちとカミヤスを入れ過ぎたが。)いいお味でしたよ。

Dsc01000 フィリピンの人たちもエビはやはりご馳走だといいますね。日本は世界第一位のエビ消費国だそうです。
ベトナム、タイ、中国、フィリッピンなどから年間約25万トンを輸入しているそうだが、その輸入量は経済の動向とリンクしているそうで、景気が良くなるとグンと増えるのだそうですよ。
エビもやはり末端の生産者は零細な規模が大半で、マングローブ林伐採して養殖池にしています。写真はフィリッピン・ミンドロ島のエビの養殖池、2007年8月撮影のものです。

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2008年6月16日 (月)

鮎釣り

夏の風物詩、アユ漁が解禁になりましたDsc04361

鳥取市河原町にある霊石山のふもと千代川の河原には、今日も大勢の太公望が釣果を競っている。あゆの字を変換すると「」「香魚」「年魚」がでてくる。このほかにもアユの字はいろいろあるようです。古くは古事記や日本書記の中にも記述があり、「万葉集」の歌にも詠まれています。大昔から人々に親しまれ人気のある川魚であったようだね。霊石山のふもとの村に釣り好きの友人がいる。この方自他ともに認める「アユ釣りの名人」でこの時期になると日がな一日、川で釣りをして過ごす釣り天狗だ。この付近の村にはこのようなご仁が大勢いらっしゃる。皆自称アユ釣りの名人ばかりです、釣る人、観る人、早朝から河原は釣り師の社交場のようです。

Dsc04380 さてその釣りの仕掛けをざっと紹介しよう。この名人たちは「とも釣り」という方法でやっています。これは鮎の習性を熟知した非常に高度な釣りの方法でありますな。この漁法(とも釣り)の起源となる記述が「本朝食環図鑑」にあらわされている。「洛(京)の八瀬の人が長い馬尾におとりの鮎を結んで川になげいれて近寄りし鮎をひっかけて釣り、上手なりしものは日に5,60尾も獲る」という記述がでてくる。

Dsc04367 とも釣り まずはじめに元気のいいおとり鮎(釣り人たちは親アユと言っている)の顎と背びれのあたりの硬くてしっかりしたところを釣り針で繋いで川へ放つ。釣り糸で繋がれているが自由に泳げるアユは、エサとなる苔のよく付いている岩場を見つけて縄張りにしようとします。

Dsc04368そんないい場所には必ず先客があって餌場を守っている。そこで互 いに尾びれを叩きつけて、縄張り争いの熾烈な戦いがはじまります。組んず解れつしているうちに、おとりアユの少し下のあたりに巧みに仕掛けられた釣り針に引っ掛かり、釣り竿の微妙な引きに反応した名人がタイミングよく釣り上げます。アユが好みそうなポイントにおとり鮎を誘導していく釣り師たちの巧みな技は見ていてとても楽しいね。

ゾロまたはコロガシと言われる釣りの方法。最初のおとり鮎を釣るときによくやる方法です。釣り針を(いかり)に束ね何段にも連続して仕掛けたもので、これを鮎のいそうなところへ投げいれ、河底付近に針たばを這わせ上流側へ向け、しゃくりながら進めてゆきアユを引っ掛けて釣る。単純そうだがこれもやってみると結構難しいですな。初心者にはよく、これを薦めてくれますが、中には川藻のかたまりとか長靴の片っぽとか、川底の清掃作業をしているとしかみえないようなビギナーの釣り人も時々見かけます。しかし楽しそうに釣っている人たちの日焼けした笑顔は、眩しいほど晴れやかに見えますねえ。

鳥取市河原町に、有名な鮎料理の老舗 「菊乃家」 という料理屋さんがある。この店の自慢「鮎のフルコース」は 塩焼きに始まり、煮付け味噌煮から揚げ鮎寿司、など盛りだくさんで 珍味「鮎のうるか」などは酒好きの方には極上の一品です。まず一度食すと忘れられないほどの美味しさです。

菊乃家 (要予約) 鳥取市河原町河原24 電話〇八五八(八五)〇三五六

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2008年6月12日 (木)

コーヒータイム

毎朝の散歩コースで、いつものコーヒータイムです。Dsc04236_3

   毎朝駅の近くの小さな雑居ビルにある事務所に出社して、新聞の大見出しと興味のあるところを斜め読み。そのあとは日課の散歩と駅ウォッチングです。駅の構内に美味しいコーヒーを入れる田舎風の喫茶店があるんです。いつもの注文、カップに生クリームが入っていて、熱い2杯分のブレンドコーヒーの入った小さな銀のポットが出てきます。時々ウェートレスのお姉さんが変わるのでそのつど「生クリームの入ったヤツ」と言って注文する。

179 よほどの悪天候でないかぎり外のテーブルで古びたアンチィーク風の椅子に腰かけてゆっくりと朝のコーヒーをいただく。食事を欠かすことはあってもコーヒーを欠かすことはありませんな。農家風のあら壁に障子、黒光りする板のフロアーはとてもいい癒しの空間だね。コーヒーもとても美味しい店だよ。

もちろん、旅先の南の島でも毎朝のコーヒーは欠かしません。フィリッピンのコーヒ-は少し苦みがきついがコクがあって、コーヒ-好きには喜ばれるな。不味いと言う人も多いが味になれるとやみつきになるんですな。なかでもバタンガス・コーヒーというのがとても美味いな。よく流通しているバラコの挽き売りのコーヒーは500グラム90ペソ(約200円)だがバタンガスコーヒーは倍の値段はしますね。

フィリッピンはかつて世界でも有数のコーヒー生産国で、世界第4位コーヒー輸出国でもあったんです。かなりなコーヒー通の方でも信用なさらないことが多いが、これは事実です。1970年代の中頃、インドネシアから広がったコーヒーの伝染病でフィリッピンのコーヒー栽培は壊滅状態に陥ったのでした。

近年は外国大手資本が入り契約栽培などで回復基調になっています。フィリッピン農業省発表の資料はばらつきが多くわかりにくいので、JATRO(日本貿易振興機構)の資料で調べてみました。それによると、2002年のコーヒー生産量はロブスタ種・アラビカ種を主に13万2千トンを生産しているそうです。日本向けには毎年約600トンのコーヒーが輸出されているんだそうだ。

 3、4年前だったか、ルソン島南部コーヒ-の産地としても有名なバタンガス州インダンと言うところにある農家を訪ねたことがある。そこで農薬まみれになって働くコーヒー農園の人たちに出会った。一日の労働賃金は私たち日本人の一回分のランチの代金ほどで、熱帯の太陽に下で働いている。ここにもやはり巨大多国籍企業に支配され、搾取される発展途上国の人々の姿がありましたね。

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2008年6月 9日 (月)

紫陽花(アジサイ)

毎朝の散歩コースにあじさいの花が咲き始めたよ

Photo 鳥取駅の南側周辺を流れる山白川の両岸はケヤキなどの植樹がしてあって、左岸側の遊歩道には花壇が設けられている。ちょっと一休みできる東屋には洒落たベンチがおいてある。駅よりの一角にあじさいをたくさん植えていて、先週あたりからつぼみがでて白い花が咲き始め、あたりがずいぶん華やいできた。まだつぼみや開花したばかりの白い花が多いなかに一足早く、きれいな花を咲かせているグループがあった。しばし足をとどめて見入った。紅紫、青紫、淡い薄みどりのつぼみなど七変化の色合いが季節の移ろいを感じさせてくれますね。梅雨入りも近いのだろうか今日も朝から鈍よりとした空模様です。雨になれば蝸牛(かたつむり)が顔を出して、季節感のある風情を愉しむことができるかな。 

Photo_2あじさいの花は「万葉集」にも詠われ、古くから日本人に親しまれ愛されてきた花ですね。岡山県の北部にある津山市、JR津山駅から南へ約6km国道53号線沿い、神南備山(かんなびさん)の麓に「長法寺」と云う天台宗のお寺がある。このお寺は別名「あじさい寺」と呼ばれています。吉川英治の小説「宮本武蔵」にでてくる「遠く、大聖寺の鐘が鳴る・・・」のくだり、この寺は今の長法寺(あじさい寺)のことなのです。小高い寺域に約3千株、1万数千本の紫陽花(あじさい)が山寺の境内を埋め尽くし、梅雨時にいっせいに開花します。梅雨時のうっとおしい季節、この七色の変化を見せる「あじさいの花」は自然の粋な立役者のように感じますねえ・・。

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2008年6月 5日 (木)

南の島の健康食・お粥

南の島で朝食べる「お粥」はとても美味しいな。

Dsc01775_2フィリッピンの庶民のよく食べる食事のメニューにゴト(goto)と言うものがある。 高級なレストランなどではあまりお目にかからないが、街の小さな食堂や屋台の店などではメインメニューになっているな。初めて食べたのは常夏の国フィリッピンに魅せられよくいくようになった30歳の頃だった。マニラ郊外のゴルフクラブでスタート待ちする現地のプレヤーが椅子を並べて食べていた。大きな鍋でお粥を作り、朝早くからやってきたゴルフ愛好家たちの朝食に売っている。ゴルフ場での飲食は、とても割高になっているがこれはとても安かった、しかもとびきり美味しかったなあ。

Dsc02498上の写真はたぬち庵自作のもので、七面鳥の 有精卵をもちいて作ったゴト(たまご粥)で、調理法は以下のゴトくであります。まず米を研いで一旦水を切り、2時間ばかり乾かすとひび割れ状態の米になる。これを多い目の水を入れた鍋をグラグラ煮立てたところで、ひび割れ米をサッといれる。このとき蓋をしてはいけませんな。少しとろみができてきたところで杓子で鍋底に焦げ付かないように時々かき混ぜるんですよ。パーッと米が煮えてはじけてきたらできあがりだ。

外国など旅すると食生活がかわるせいか胃腸の調子変調をきたす。そんな時は塩味でそのまま食しても早く回復しますね。味付けは日本から持ってきた塩が基本だが無い場合は岩塩やら醤(ひしお:バグオン)を使う。普通のゴトを作る場合は具の種類により、入れ時を計って煮込まないといけませんな。ベタベタご飯のできそこないのようになるからねえ。具にはみじん切りの生姜と豚肉、鶏肉、魚介類その他好みに応じて相性がよさそうなもの2、3品組み合わせるとよろしいな。出来上がったら器に入れ日本の橙(だいだい)のような小粒の柑橘類・カラマンシーを半切りにして、果汁をぎゅっと搾りふりかける。ゆったりまったり常夏の国の朝の食事のひと時を楽しむのです。これはまさに絶品といえるものですねえ・・。

米をつくっている国では粥はどこでも普通に食べられているようです。中国などでは様々の食材をいれて名前がついているものだけでも400種以上もあるんだそうです。お隣の韓国のものも「チャングムの誓い」の宮廷料理でつとに有名になりましたねえ。よくコメントいただくメルモリンさんは日本の首相が訪韓のおり立ち寄った有名なお店で、美味しい韓国の粥料理を召し上がったそうです。因みにフィリッピンの街中のお店でのお値段、鶏肉で煮込んだ単品のもので一人前20ペソ、現在のレート換算にして日本円で約50円でした。とても美味しかったですよ。

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2008年6月 2日 (月)

ランブータン

ランブータン(英語名:Rambutan タガログ語名:英名に同じ) 

Dsc01783 ランブータンは熱帯地方のごく一般的なフルーツで、4、5cmの卵形をした皮に、鮮やかな紅色の柔らかいトゲが付いている。皮をむくと「つるりん」と半透明の実が出てきます。種は中に大きめのものが一つ入っている。果肉は水分を多く含んでいて、ちょっと酸味のきいた甘さでね、ライチやブドウによく似ているな。さっぱりとした上品な味で、オナモミの親玉みたいな見掛けとはずいぶん違っていて、とても美味しいよ。

Dsc01612ランプータンの木には、雄株と雌株とがあって、それぞれに花が咲き、当然雌株のほうへ実がなります。進化の過程でそうなったのか、雌雄同株のものもあるな。農園などの商業栽培をしているところでは継ぎ木などして改良しているらしい。5、6m位の中高木で1本の木に何百個もの実をつけ、1年に2回も果実をつけるんだから、その収穫量はすごいものだ。1本植えておきたいところだが10℃以下になると育たないらしい。

Dsc01645フィリッピン・ミンドロ島、マンサライ村のファボンさん一家の裏庭にあるランブータンの木。ちょうど背の届く高さあたりのランブータンの実、採らせてもらって撮った写真です。

撮影時期:2008年1月

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2008年5月31日 (土)

日本最古の恋物語

「日本最古の恋物語」序章の舞台となる白兎海岸。

Dsc03942 白うさぎがワニザメの並んだ背をとびはねながら於岐ノ島からたどりついたとされる気多ノ岬が見えます。大国主命(おおくにぬしのみこと)と異母兄弟の神々の一行が、因幡国八上郷(現在の鳥取市河原町八上地区)に住む八上姫と言う神代に稀なる美しい姫に求婚するため、気多ノ海辺(今の白兎海岸)を通りすがった。ワニザメを欺き皮をむかれれた白うさぎに「塩水で洗えば良よい」と意地 悪なアドバイスを与え、苦しむ白うさぎを残して行き過ぎる義兄の神々たち。彼らの荷物を持たされ大きな袋を肩に担いで遅れて通りすがった心優しい大国主命は、真水で体を洗ってやり、「蒲の穂わた」にくるんでやって傷も癒え、もとの白うさぎになりました。白うさぎは「八上姫の心を射止められるのは、あなた様でしょう」と。白うさぎの予言通り、苦難のすえ大国主命は八上姫と結ばれ二人の子宝にめぐまれる。

Dsc03966国道9号線沿いにある白兎海岸の真向かい、大きな石造りの鳥居をくぐり石段の参道を登ると、白うさぎが祀られ縁結びの神様としてよく知られる白兎神社があります。境内は樹木に覆われ国道わきにあると思えぬほどの静かな佇まいです。駐車場わきに「道の駅・神話の里白うさぎ」の古代風にデザインされた鉄筋コンクリートの大きな建物がある。ここの売店で「白兎起請文」と言う「恋愛成就の札」を売っている、この請文札3枚に誓い合う互いの名と願い事をかいて一枚づつはそれぞれが大切に持ち、残りの一枚を神社に奉納します。されば大国主命と八上姫の如く、必ずやよき良縁となりおふたりは、結ばれるでありましょう。

古事記に記述されている大国主命と八上姫の神話の時代のロマンス、地名に因んだ伝承などまた次回紹介します。

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2008年5月28日 (水)

スイカ

スイカ(西瓜、英語名:Watermelon タガログ語名:Pakwan)

Dsc01041 フィリッピンの田舎で売っているスイカ(パックワン)はとても安いですね。品種の改良はあまり進んでないないから、日本の甘いものや種なしスイカとは比べようもないですがね。薄味で水っぽく、食感はいまいちのものが多いです。しかし安くて、水事情がよくないですから貴重な水分やミネラルの摂取には大切なフルーツのひとつです。このときもミンドロ島東側(オクシデンタルミンドロ州)の港町ロハスから、中部山岳地帯へ向かう途中でした。運転手のノライさんと親しかった友人の甥で警察学校へ通うラモン君が「ボス、ナカカ・ウハウ・ナ・アコ(喉が渇いた)」と言うので街道沿いの西瓜売りのお姉さんから、3個買ってひとつを切ってもらい食べた。滴り落ちるほどの水分を含んだスイカ(:パックワン)が乾いた喉を潤してくれてとても美味しかった。

この日の行先は、ジープニィーこぼこ道を数時間走り、山深いジャングルの中の市場。日曜日にはここでマンニャンの人たちが収穫した新鮮で無農薬で育ったフルーツや土を盛り上げて焼いた、お年寄りや子供の作った民芸品などの市が開かれる。この日は学校を終えた子供たちがおおぜいいた。山の民マンニャンの子供たちはとてもシャイで素朴な子供たちだった。

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2008年5月27日 (火)

白亜の洋館と白花タンポポ

鳥取市東町2丁目に所在するルネッサンス様式の美しい洋風建築「仁風閣」は明治40年春5月に建造された。

Dsc04141当時の皇太子でのち大正天皇の山陰地方行啓にあわせ宿舎として建てられた。「仁風閣」の名は随行した海軍大臣東郷平八郎の命名によるもので、直筆が2階ホールに掲げられています。鳥取県下では初めて電灯がともされ、室内のシャンデリアと日本庭園をうかびあがらせた街灯は当時の市民に明治の文明開化の到来を華々しく謳いあげるシンボルでした。明治大正期の華やかな文化と風景を彷彿とさせます。

Dsc04127 白タンポポの花が一輪、広い庭園の片隅に咲いています。タンポポの多くは黄色くてその種類は二十数種、春から夏にかけて野や山に咲きます。在来種の「白花タンポポ」は西日本に多いそうですね。タンポポの中でも「白花タンポポ」は清楚で気品があって可愛らしい花ですね。小学生だった頃、クレヨンでこの花を描いた記憶がよみがえります。

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